能楽の向こう側/人物/静御前静御前PERSONしずかごぜん鎌倉に送られ、鶴岡八幡宮で舞ったことが幕府の記録に残っています。吉野での別れのほうは、物語の側で大きく育ちました。生没年生没年不詳立場白拍子。歌い舞う女性の芸能者で、義経に従った土地吉野大物浦関連演目船弁慶吉野静出典『吾妻鏡』『義経記』SUMMARYこの人物について鎌倉に送られ、鶴岡八幡宮で舞ったことが幕府の記録に残っています。吉野での別れのほうは、物語の側で大きく育ちました。この人物の詳細な記事は準備中です。現在は関連する演目・土地・出典への導線のみを掲載しています。RELATED関連記事・人物・演目演目能「船弁慶」西国へ落ちる義経の一行が、大物浦から船出します。前半では、都へ帰される静御前が別れの舞を舞います。後半では、海上で嵐に遭った船の前に、壇ノ浦で滅んだ平知盛の怨霊が現れます。能「吉野静」吉野に逃げ込んだ義経を、追手の僧兵たちが捜しています。義経の愛妾である静御前は山に残り、その僧兵たちの前で舞を舞って、義経が落ち延びる時間を稼ぎます。土地吉野金峯山の寺域を抱える山地です。都を追われた人が、繰り返し身を隠した場所でもあります。大物浦淀川の河口に近い港です。西国へ向かう船がここから出ました。義経の船団が暴風で引き返した地でもあります。出典『吾妻鏡』鎌倉時代後期成立『義経記』室町時代前期頃特集 01 — 義経は、どのように義経になったのか。→