世阿弥という大きな存在の前で、後世の作者たちは何を語ろうとしたのか。
LAB NOTE 01役・シテ・ワキ・形式から、作者ごとの作風を数える
能の作者というと、世阿弥の取り組みがクローズアップされることが多いように思います。それでも室町時代の後半から末期の作品を眺めてみると、世阿弥とはかなり違う作風や構成を持つ曲も少なくありません。後世の作者たちは、世阿弥の能をそのまま受け継いだのでしょうか。それとも、その形式を使いながら別のものを語ろうとしていたのでしょうか。作者ごとに作品の構造を並べて、その傾向を数えてみました。
- 種別
- LAB NOTE 01(データ記事)
- 期間
- 作者付 — 1524年(能本作者註文)ほか/分析 — 2026年
- テーマ
- 役・シテ・ワキ・形式から、作者ごとの作風を数える
能の作者というと、世阿弥の取り組みがクローズアップされることが多いように思います。能の成立や作劇を考えるうえで世阿弥を避けることはできませんし、現在まで残る作品や芸論が、その後の能楽に与えた影響も非常に大きなものです。
しかしながら、室町時代の後半から末期にかけての作品を眺めてみると、世阿弥とはかなり異なった作風や構成を持つ曲も少なくありません。『船弁慶』『紅葉狩』『鞍馬天狗』など、現在もよく知られている作品の中にも、世阿弥が形を整えた夢幻能とは違う方向へ展開したものがあります。
では、世阿弥以後の作者たちは、世阿弥が作り上げた能をそのまま継承していったのでしょうか。それとも、その形式を使いながら、別のものを語ろうとしていたのでしょうか。
今回は、この問題を個々の作品論から考えるのではなく、少し違った方向から見てみることにしました。作者ごとに、登場人物の数、シテの性格、ワキの立場、子方の有無、舞台となる土地、夢幻能なのか劇能なのか、といった作品の構造を並べてみる。そうすることで、それぞれの作者にどのような癖や志向があったのか、ある程度の傾向が見えてくるのではないか、という試みです。
もちろん、能の作風を数字だけで説明できるとは考えていません。ただ、一曲ずつ読んでいると見落としがちな違いが、まとめて数えてみることで見えてくることもあります。その違いを手掛かりに、世阿弥以後の能がどのような方向へ広がっていったのかを考えてみたいと思います。
01 — HOW
何を数えたのか
能の作者について、室町末期の作者伝承を知るための代表的な資料には、『能本作者註文』と『二百十番謡目録』があります。大永四年(1524)の奥書を持つ『能本作者註文』には352番、『二百十番謡目録』には210番の曲について作者名が記されています。どちらも、世阿弥が亡くなってからおよそ百年後の記録です。
もっとも、ここに記された作者名を、そのまま現在の意味での作者確定情報として扱うことはできません。とくに『能本作者註文』では、現在では世阿弥作とは考えられていない曲も多数、世阿弥の作として扱われています。
ただ、ここは少し見方を変えてみてもよいように思います。これらの資料を「本当の作者を確定するための資料」としてだけ見るのではなく、室町時代の終わり頃に、どの作品が誰の作だと考えられていたのかを記録した資料として見れば、また違った意味を持ちます。そして、その「作者だと考えられていた人」ごとに作品を並べてみたとき、そこに一定の作風や好みが表れているのであれば、それ自体が当時の作者像を考える手掛かりになるのではないでしょうか。
今回の分析では、こうした作者資料に加えて、大正八年(1919)に丸岡桂がまとめた『古今謡曲解題』を基礎資料として用いました。『古今謡曲解題』は、大正時代の時点で演じられていた曲だけでなく、それまでに舞台から姿を消していた廃曲についても広く取り上げ、一曲ごとに役・場所・時などを記録しています。
その中から役の記載が確認できる809曲を取り出し、作者資料に記された曲名と突き合わせました。なお、この809曲のうち、現在の能楽協会が現行曲としているものは257曲です。大正時代の現行曲と令和の現行曲では多少範囲が異なりますので、ここでは現在の現行曲を一つの比較基準として使っています。
今回数値化したのは、役の人数、シテが霊や神なのか、それとも生きた人物なのか、前場と後場に分かれるか、子方が登場するか、ワキがどのような立場の人物なのか、そして舞台がどの地域に置かれているか、といった作品構造に関わる部分です。もちろん、作者の作風を考える材料はこれだけではありません。今回はその中でも、作者間で比較しやすく、ある程度まとまった傾向が見えそうな項目を取り上げています。
02 — PROFILE
作者ごとに並べる
作者ごとに数字を並べると、次のようになりました。
| 作者 | 曲数 | 今も演じられる割合 | 平均の役数 | 舞台が近畿 | ワキに名前がある | 現行曲のうち劇能 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 世阿弥 | 149 | 80% | 3.2 | 62% | 22% | 36% |
| 金春禅竹 | 15 | 93% | 2.9 | 60% | 20% | 29% |
| 観世信光 | 18 | 78% | 4.2 | 33% | 56% | 62% |
| 宮増 | 12 | 58% | 4.6 | 50% | 42% | 86% |
| 観世長俊 | 17 | 41% | 4.8 | 35% | 35% | 43% |
曲数の少ない作者は、一曲の増減で数字が大きく動きますので、細かな割合そのものよりも、まずは全体の向きを見るくらいがよいと思います。
それでも、並べてみると多少のまとまりはあります。世阿弥と禅竹は比較的登場人物が少なく、舞台は近畿を中心とし、ワキも名前を持たない旅の僧であることが多い。一方、信光・宮増・長俊では、人物が増え、ワキに固有名を持つ人物が現れ、舞台も近畿の外へ広がっていきます。
もちろん、これだけで「前期」と「後期」のようにきれいに二分できるわけではありませんが、少なくとも、世阿弥以後の作者たちが同じ構成だけを繰り返していたわけではなさそうです。そこで、作者ごとにもう少し見てみます。
03 — ZENCHIKU
金春禅竹 いちばん世阿弥に近い人
金春禅竹は世阿弥の娘婿で、世阿弥から伝書を託された人物でもあります。数字を見ると、その関係を想像させるような傾向が表れています。
禅竹作と伝えられる15曲の平均役数は2.9人で、世阿弥の3.2人よりさらに少なくなっています。『定家』『芭蕉』『玉葛』『龍田』『六浦』などは、『古今謡曲解題』の役の記載を見る限り、シテとワキの二人だけです。旅の僧がある土地を訪れ、そこへ霊や草木の精が現れ、過去を語り、やがて姿を消す。世阿弥が形を整えた夢幻能の形式を、禅竹は大きく変えるというより、むしろさらに少ない人物で扱っていたように見えます。
また、15曲のうち14曲が現在も演じられています。もちろん、現在まで残った割合だけで作風や作品の価値を判断することはできません。ただ、少なくとも禅竹の場合、世阿弥的な形式を受け継いだ作品群が、非常に高い割合で現在まで残ったことになります。
04 — NOBUMITSU
観世信光 ワキが名前を持つ
観世信光は、世阿弥の甥にあたる音阿弥の子で、十五世紀後半に活躍しました。信光作と伝えられる曲には、『船弁慶』『紅葉狩』『羅生門』『大蛇』『玉井』『張良』などがあります。この顔ぶれを見ていると、世阿弥の夢幻能とは少し違った動きの大きさを感じます。
その違いを考えるうえで、今回特に気になったのがワキでした。『船弁慶』では武蔵坊弁慶、『紅葉狩』では平維茂、『羅生門』では渡辺綱、『大蛇』では素盞嗚尊がワキになります。世阿弥の曲では、「諸国一見の僧」のように固有名を持たないワキが多く、シテの過去を聞き出す役割を担います。ところが、信光の曲ではワキ自身が名前を持ち、事件の当事者になっていきます。
数字で見ても、信光の曲でワキに名前がある割合は56%で、世阿弥の22%の倍を超えています。また、現行曲のうち劇能に分類される割合も、世阿弥の36%に対して62%となっています。
ワキに名前が付くことが、それだけで作劇上の大きな変化だったのかどうかは、慎重に考える必要があります。ただ、固有名を持つワキは、少なくとも「誰でもよい聞き手」ではなくなります。武器を持ち、判断し、戦い、ときには物語を進める側へ入ってくる。世阿弥的な夢幻能では、すでに終わった事件をシテが回想する構造が多く見られますが、信光の曲では、事件そのものが舞台上で進行する比重が高くなっているように見えます。その点で、ワキの変化は、信光の作劇を考える一つの手掛かりにはなりそうです。
一方で、信光の曲は78%が現在も演じられており、世阿弥の80%と大きくは変わりません。世阿弥と異なる方向へ進んだ作品も、その後の能の中で十分に残ってきたことになります。
05 — MIYAMASU
宮増 子どもと曽我兄弟
宮増については、生年・没年を含めて経歴がほとんど分かっていません。『能本作者註文』は宮増の曲を10番挙げたうえで、「脇之上手」という短い注を付しています。
宮増作と伝えられる曲を見ると、『鞍馬天狗』『烏帽子折』『錦戸』『元服曾我』『調伏曾我』『大江山』などが並びます。牛若丸を扱う判官物と、曽我兄弟の仇討ちを題材にした曽我物が目につきます。
今回の数字の中で特徴的だったのは、子方の割合です。12曲のうち33%に子方が登場し、今回比較した作者の中では最も高くなっています。『鞍馬天狗』『烏帽子折』でも、牛若丸は子方が演じます。また、現行曲のうち劇能と分類されたものは86%ですが、これは分類情報が付いた7曲だけをもとにした数字なので、ここはあまり大きく評価しない方がよいと思います。
『烏帽子折』は役の記載が9人にのぼります。牛若丸が烏帽子屋で烏帽子を折らせて元服し、その後、熊坂長範ら盗賊を斬り伏せる。登場人物も多く、物語が場面ごとに進んでいく構成です。世阿弥の夢幻能と比較すると、人の出入りも出来事の数もかなり多い。宮増の場合、静かな回想の舞台というより、人物が動き、事件が進行する劇的な構成への関心が強かった可能性はありそうです。
06 — NAGATOSHI
観世長俊 地方へ出ていった人
観世長俊は信光の子です。長俊作と伝えられる17曲は、平均役数が4.8人で、今回比較した作者の中では最も多くなりました。『正尊』では8人、『花軍』では7人が登場します。
ただ、長俊について私が最も気になったのは、役数よりも舞台となった土地でした。近畿を舞台にした曲は35%にとどまり、それ以外を見ると、筑前の『香椎』『異国退治』、安芸の『厳島』、出雲の『大社』、相模の『江島』、陸奥の『広元』『長卿寺』など、かなり広い地域に散らばっています。しかも、その多くが土地の神や社の由来に関係する曲です。能の舞台を都やその周辺から離し、それぞれの土地が持つ神や由緒を作品に取り込んでいった、と見ることもできそうです。
ところが、長俊作と伝えられる曲のうち、現在も演じられているものは41%にとどまります。『大社』『江島』は残りましたが、『香椎』『異国退治』『厳島』『広元』『長卿寺』などは現在では廃曲になっています。
今回の数字を眺めていて、個人的に最も気になったのはこの点でした。地方を舞台にしたことと、作品が残らなかったことの間に直接の因果関係があるとは、もちろんこの数字だけでは言えません。ただ、長俊が比較的広い地域を舞台にしていたことと、その作品の多くが後世に残らなかったことが同時に見えてくると、その二つをもう少し詳しく調べてみたくなります。地方を舞台にした曲には、どのような性格があったのか。そして、なぜその多くが廃曲になったのか。これは別に追ってみたいテーマです。
07 — MODEL
構造だけで見分けられるのか
ここまで作者ごとの数字を見ていると、世阿弥とそれ以後の作者では、作品の作り方に一定の違いがあるように思えてきます。そこで、役の数、シテの種類、前後場の有無、子方の有無、ワキの種類、部立、舞台地域などを使って、ある曲が世阿弥作とされるものかどうかを予測してみました。使ったのはロジスティック回帰で、予測性能をAUCという指標で確認しています。
結果は0.555でした。AUCは0.5でほぼ当てずっぽう、1.0で完全に判別できる指標なので、この結果だけを見ると、今回使った構造上の特徴から世阿弥作を見分けることは、ほとんどできませんでした。
分析する前にはもう少し差が出るのではないかと考えていましたが、結果としてはそうなりませんでした。ただ、これはこれで考える材料にはなります。信光も宮増も長俊も、世阿弥が用いた形式や役割を捨てて、まったく別の芸能を作ったわけではありません。信光の『遊行柳』や『胡蝶』のように、旅の僧が草木の精に出会うという、かなり世阿弥的な夢幻能もあります。
そう考えると、後世の作者たちが変えたのは、能を構成する部品そのものというより、その組み合わせ方だったのかもしれません。同じように霊のシテを使う。旅僧のワキも使う。前場と後場も使う。その一方で、人物を増やし、ワキに固有名を与え、舞台上で事件を進行させ、舞台となる土地を近畿の外へ広げていく。「世阿弥とは違う」というより、世阿弥が整えた形式を前提にしながら、その用途を少しずつ広げていった、と考えた方が実態には近いように思います。
08 — LIMITS
分かること、分からないこと
ここまで数字を並べてきましたが、この分析にはいくつか大きな制約があります。
まず、今回使った作者情報には、室町末期に伝えられていた作者像が含まれています。特に世阿弥の149曲には、現在の研究では世阿弥作とは考えられていない作品が多数含まれています。二つの作者資料で作者が一致する曲だけに絞ると、世阿弥は78曲、信光は9曲となり、両者の差はおおむね同じ方向に残りました。しかし、宮増は2曲、長俊は4曲しか残らず、この方法では十分に検証できません。
また、禅竹・信光・宮増・長俊はいずれも20曲に届きません。一曲増減しただけでも割合が数ポイント変わる程度の母数です。
役やワキの分類についても、『古今謡曲解題』に記された役名をもとに機械的に分類した部分があります。たとえば素盞嗚尊のような神であっても、固有名があるため今回の集計では「名前のある人物」に含めています。
さらに、今回用いた作者一覧に載る曲自体が、室町末期にある程度知られていた作品を中心としています。作者一覧に載っていない曲で現在まで残ったものは8%しかありません。したがって、作者ごとの「現在まで残った割合」を比較するときには、もともと一覧に載った時点ですでに何らかの選別がかかっていた可能性を考える必要があります。
今回の数字は、作者の作風を確定するためのものではありません。あくまで、作者ごとに作品をまとめたとき、どのような違いが見えてくるのかを探るための材料と考えています。
09 — AFTER ZEAMI
世阿弥のあとに広がったもの
今回、作者ごとの作品を数値化してみても、「世阿弥以後の能はこう変わった」と一つの方向にまとめることはできませんでした。
禅竹を見ると、むしろ世阿弥的な夢幻能の形式を、より少人数で使っているように見えます。信光では、名前のあるワキが増え、事件そのものが舞台上で進行する割合が高くなる。宮増では、子方や多数の登場人物を使った、より劇的な構成が目立つ。長俊では、舞台そのものが近畿を離れ、日本各地へ広がっています。それぞれの方向は、少しずつ違います。
ただ、こうして並べてみると、後世の作者たちは、世阿弥が作ったものを否定して別の能を作ろうとしたというより、すでにある形式を使いながら、能で扱える人物や事件、土地の範囲を広げていった、と考える方が理解しやすいように思います。世阿弥作かどうかを構造だけで当てようとしてほとんど当たらなかったことも、そのことと無関係ではないでしょう。形式の基本的な部分は共有しながら、その使い方の方が変化していたのであれば、単純な構造指標だけで作者を判別できないのも、不思議ではありません。
そして、ここまで見てきた中で、個人的には長俊の作品群がまだ少し気になっています。近畿を離れ、各地の神や社、それぞれの土地の由緒を能の題材にしていったように見える一方で、その作品の多くは現在まで残っていません。もちろん、そこには上演環境や流派の事情、作品そのものの性格など、別の要因もあったはずです。今回のデータだけでは、その理由までは分かりません。
ただ、世阿弥以後の能を調べ始めたところから、最終的に「能が都の外へ出ていったとき、何が起きたのか」という別の問題が見えてきました。次に考えるとすれば、このあたりをもう少し追ってみたいと思います。
10 — POSTSCRIPT
蛇足・この先にやってみたいこと
最後に、今回の分析の先に考えていることを、蛇足として少しだけ書いておきます。まだ着手していない構想の段階の話です。
今回は、役の人数やシテの種類といった、ごく大づかみな骨組みだけを数えました。ただ、能という作品を本当に比べようとするなら、もう一段細かいところまで踏み込みたいところです。たとえば、序破急の運びや、各段の構成、舞事の入る位置といった舞台構成を一曲ずつデータ化し、そのうえで曲どうしの近さや遠さを測ってみる。あるいは、詞章そのものを対象にして、語彙や句の使い方の似ている曲・似ていない曲を並べてみる。そうした比較ができるようになれば、「この作者は、あの作者のこの型を踏まえている」といった関係が、もう少し具体的に見えてくるかもしれません。
もう一つ、今回いちばん扱いに困ったのが、作者不詳の曲でした。809曲のうち、作者の記載がない曲は非常に多く、そこには現在も演じられている名曲も含まれています。作者伝承の資料に載っていないというだけで、これらをまとめて脇に置いてしまうのは、少しもったいない気もします。
ここで一つ思いつくのが、文体からの推定です。作者が分かっている曲の詞章から、その人らしい言葉の癖を取り出し、作者不詳の曲がどの作者の癖に近いかを測ってみる、という方向です。もちろん、これで作者を「当てられる」とまでは思っていません。ただ、「この作者に近い書き方をしている」という手掛かりくらいは得られるかもしれません。
こうした文体からの著者推定は、計量文献学と呼ばれる分野で長く研究されてきました。古くは、アメリカ独立期の『ザ・フェデラリスト』のうち著者が争われた論文を、統計的に振り分けた研究が知られています。日本語を対象にした研究も蓄積があり、村上征勝や金明哲らの仕事があります。古典に近い題材では、『源氏物語』の宇治十帖が紫式部の作かどうかを、文体の数量的な特徴から検討した研究もよく知られています。能の詞章についても、同じ発想が応用できるのではないか、というのが今のところの見立てです。
このあたりは、詞章のデータ化という下ごしらえがかなり大変なので、すぐに手がつくものではありません。ただ、いつかやってみたいテーマとして、書き留めておきます。
データと計算の手順は、このサイトのラボで公開する予定です。
REFERENCES
参考文献
今回の分析で用いた資料と、蛇足で触れた計量文献学の文献を、敬意を込めて挙げておきます。
基礎資料
- 丸岡桂『古今謡曲解題』(1919年。西野春雄補訂、日本古典全集刊行会、1984年)
- 佐成謙太郎『謡曲大観』全七巻(明治書院、1930–1931年)
- 『能本作者註文』(大永四年〔1524〕奥書)
- 『二百十番謡目録』
文体分析・計量文献学(蛇足で言及)
- 村上征勝『シェークスピアは誰ですか? 計量文献学の世界』(文春新書、2004年)
- 村上征勝・金明哲・土山玄・上阪彩香『計量文献学の射程』(勉誠出版、2016年)
- 金明哲『テキストデータの統計科学入門』(岩波書店、2009年)
- Frederick Mosteller and David L. Wallace, Inference and Disputed Authorship: The Federalist (Addison-Wesley, 1964)